明治から昭和戦後まで甘口酒全盛の中、五代目の「酒とは辛いもの」という信念を貫き通し、県内でもいち早く三倍醸造を廃止し困窮に耐えながら一途に良質な辛口酒造りに励み、その後淡麗辛口の時代が訪れ目指した方向は間違いでなかったことが証明されました。伝統的な辛口酒を醸す蔵として高い支持を得ています。
六代目、齊藤吉平氏は、社業の傍ら新潟県酒造組合会長として新潟清酒地位を不動にし、平成18年社業を七代目に譲りさらなる新潟清酒の発展に努めてます。その七代目齊藤俊太郎は、伝統を継承しつつ斬新なアイデアと洒落たセンスを取り入れながら次世代に残る辛口酒造りに邁進する目が離せない蔵です。